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日々の生活を大切にすること

» 15 7月 2005 » In ecolife » No Comments

下のリンク先の記事を読んで、とてもビックリしました。何がって、

美容室の客から「少雨で花の水やりなどで水道料が一カ月三万円にもなって困る」という話を聞き

そりゃ、いくらなんでも高すぎるでしょう。そんなに水道代払うのならば、もうちょっと改善する気持ちを持ちましょう。光熱費が下がることは、環境負荷が少ないということです。環境負荷の少ないエコロジストは、光熱費が安いです。そう考えると、生活を見直し、何かしらの努力や工夫をすることを諦めてしまう人が多いから、全体の環境負荷が上がっていると言えないでしょうか?日々の生活を見直すこと。そして、日々の生活を大切にすること。それが、環境負荷の小さいエコロジストの道です。

見た目おしゃれにエコロジー 古ワイン樽で雨水利用@Nagano Nippo

今日のコンピュータ

OSの再インストールをしました。で、それだけなら簡単な事なのですが、CD-ROMドライブが壊れまして困りました。古いPCからCD-ROMドライブをひっぺがしてきて、付けようとしたら、今度は電源が足りません。ま、すったもんだありまして、やっと終わりました。何やってんだかって感じの日です。

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食べ物が腐っているかどうか確かめること

» 08 11月 2004 » In ecolife » No Comments

「28日後」って映画を見る

ダニー・ボイルさん(トレインスポッティングの監督)が作った「28日後」という映画を見ました。秀逸です。見逃してたらぜひ見てみてください。お勧めです。この「28日後」という映画は、交通事故で昏睡状態になった主人公が28日後に目を覚まします。その時、街はウィルスに感染して壊滅状態になっています。で、ウィルスに感染したゾンビから逃げながら、サバイバルを繰り広げるという内容です。普通のゾンビ映画ではゾンビの動きはスローモーションですが、「28日後」のゾンビは速い、速い。全力疾走です。この点も秀逸。って、「エコロジストでいこう」は映画の紹介をするのが目的ではありません。

ピカピカの青りんご

この映画の中でとても気になるシーンがありました。映画の中では大多数の人がウィルスに感染し、28日以上街全体が放置されます。したがって、スーパーにある生鮮食品は腐ってます。しかし、その中でまだ腐っていない青りんごがあります。それを見て、登場人物が「保存料」という言葉を口にします。まわりのフルーツや野菜がすべて腐っている真ん中で、ピカピカの青りんごは異様な光景でした。昔から食べ物の保存というのは、人類にとってとても大きな課題でした。餓えないために。

「便利さ」や「商売」のための保存

しかし、現代では「便利さ」のためや「商売」のために食べ物を保存します。「便利さ」のために何年間も腐らない食べ物を作ります。「商売」のため(つまりお金のため)に地球の裏側から食べ物を運びます。本当にその保存は必要なのでしょうか。

ちゃんと腐るものを食べる

僕は腐ったものは食べませんが(当たり前だろ!)、近々腐るものを好んで食べます。1ヶ月も腐らない青りんごなんて絶対食べたくない。だって、本来青りんごは腐るものです。

どっかの誰かが決める賞味期限

また、あなたがある食べ物を食べようとした時に、それが口にできるかできないかをどうやって判断しますか。その判断がラベルに記載された賞味期限だとしたら、何だかおかしいと思いませんか。100年前の人たちにとって、その判断基準は自分の感覚でした。その食べ物を少し口にしてみてすっぱいからとか、匂ってみて異臭がするからとか、指で押してみて柔らかすぎるからとか、見た目がどす黒いからとかで食べるのをやめました。そうやって、自分の感覚を磨き生きていました。それに比べて現代人の無力さは情けない限りです。自分の感覚よりも、賞味期限という他人から決められた数字を頼りにするとは。

あなたが決める賞味期限

賞味期限の書かれていない青りんごをひとつ買ってください。そして、毎日それを匂ってみてください。指で押してみてください。色を確かめてみてください。いつまでがあなたの判断する賞味期限ですか。

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農業の対価を再考すること

» 08 11月 2004 » In ecolife » No Comments

散歩@田んぼのあぜ道

先日、稲刈りの手伝いに行きました。そして、夕方、たくさんの人が田んぼのあぜ道を散歩している光景を見ました。


稲刈り後の田んぼには、カエルがたくさんいます。ヘビやバッタやカマキリなどもいます。田んぼが、生き物を支えていることを深く理解できます。子供をつれて、田んぼに行ってみませんか?ヘビが出てきたとき、落ち着いて対処できれば、子供の見る目が違ってきますよ。

散歩は、毎日決まった道を歩くのも良いですし、日によって気分で道を選ぶのも良いです。その点、田んぼや畑の間には、毛細血管のようにあぜ道が走っていて最適です。そして、散歩する道には自動車があんまり通ってほしくないですよね。すぐ脇を排気ガスをモクモクの吐き出す自動車が通っていては、気分の良い散歩にはなりません。自動車がすごいスピードで脇を通ると、身の危険を感じことまであります。その点でも、田んぼのあぜ道は最適です。また、人の感性にもよりますが、黄金色に輝く稲穂を横目で見ながらの散歩は、とても気分が良いです。さて、これだけ散歩に適した道を、すべて公園として作ろうとしたら、どれだけのお金がかかるでしょうか。土地代もすごいでしょうし、それだけの景観を整えるためにもお金がかかるでしょう。話は変わります。最近、都市水害が多く起こっています。「農から環境を考える―21世紀の地球のために」原剛(著)には、田んぼが大雨の時、受け皿になってダムの効果を果たし、水害を防いでいると書かれていました。人口の水路や地下のダムで、田んぼが果たす水害対策と同じだけの効果を果たすためには、いくらかかるのでしょうか。農業とは、人が食べる農作物を作り出す仕事です。そして、その副産物として、地域に最高の散歩道を作り出します。さらに、都市の水害対策もかねています。

農業に支払われる対価

しかし、農業に支払われる対価は、農作物の値段だけです。米5kg、2000円。たまねぎ4個、150円。日本の農作物は高いといわれます。あなたはどう思いますか。身のまわりに農業があることで受ける恩恵に対して、対価をつけて下さい。いくらでしょうか。日本で作られる高価な農作物の値段から、その対価を差し引いてください。それでも、中国産やアメリカ産の農作物よりも高いですか。すべての人は、等しく地域にある公園の恩恵を受ける権利があります。だから、そこに必要となる費用は、すべての人が税金という形で、等しく負担しています。何も、おかしなことはありません。しかし、毛細血管のように走るあぜ道を作る費用は、誰が負担しているのでしょうか。農家の人々です。非農家は、あんなに散歩に適した場所を等しく使わせていただいて、その費用はまったく払いません。

いつまでもあると思うな、日本の農業

「いつまでもあると思うな何とやら」というのは定番の句ですが、農業に対する対価を、僕たちが無視し続ければ、日本から農業が無くなってしまうのは、遠い未来ではありません。そして、無くなった時に後悔しても、農業を復活させることはできないのです。一度なくなってしまった電車の線路が、二度と作られることがないように。農家はボランティアで農業をしているわけではないのです。正当な対価を支払わなければ、生活を支える仕事として、農業が成り立たなくなります。僕たちはその恩恵やサービスを受けながら、払っていない対価がたくさんあります。林業を営む人に対して、森が作ってくれる酸素の代金を払っていません。漁業を営む人に対して、海を豊かに保ってくれていることの代金を払っていません。また、農林水産業の教育効果に対する代金も払っていません。フェアトレードというと、発展途上国の人々の労働に対して、正当な対価を支払うことを思い浮かべます。しかし、僕たちは日本の農業に対しても、フェアな対価を支払わなければいけないのはないでしょうか。

名案(?)農業テーマパーク構想

近い将来、日本の中から農業がまったく無くなると、農業テーマパークが作られるでしょう。そのテーマパークの中には田んぼや畑があります。係員の農民もいます。入場者は、1日5000円のフリーパス券を買って、田植えをしたり、稲刈りをしたり、芋ほりをしたり、あぜ道を散歩したりします。お土産には、取れたて無農薬野菜を買ったり、おたまじゃくしのぬいぐるみを買ったり、案山子がプリントされたTシャツを買ったりします。僕は農業テーマパークを冗談のつもりで書いていました。しかし、よく考えたら、冗談ではないですね。「農業体験ツアー」や「農村での自然体験プラン」などの名前で売り出される旅行パックは、農業テーマパークと同じ発想です。これが本当に豊かな社会の形なのでしょうか。

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エコのジレンマを越えること

» 15 10月 2004 » In ecolife » No Comments

囚人のジレンマ(お、小難しいな!)

いきなりですが、「囚人のジレンマ」という問題を知っていますか。ゲームの理論という数学理論の古典的な問題です。簡単に問題を説明します。ある犯罪を共同で犯した疑いで2人が警察に逮捕され、それぞれ別の独房に入れられました。つまり、それ以後、2人で相談することができません。そして、警察に尋問を受け、自白するか、自白しないかの選択に迫られます。

起こりえる状況は3パターン

起こりえる状況は3パターンあります。

?2人がともに自白しなければ、別の軽い刑で2人とも1年の刑に服する。
?1人が自白し、他方が自白しなければ、自白した方は釈放され、自白しない方は20年の刑に服する。
?2人がともに自白すれば、2人とも5年の刑に服する。

下に、分かりやすく図にしました。

+−−−−−+−−−−−−+−−−−−−+
|     |自白する  |自白しない |
+−−−−−+−−−−−−+−−−−−−+
|自白する |5年、5年 |釈放、20年|
+−−−−−+−−−−−−+−−−−−−+
|自白しない|20年、釈放|1年、1年 |
+−−−−−+−−−−−−+−−−−−−+

さて、囚人はどうする?

さて、囚人は自白するべきでしょうか。自白しないべきでしょうか。2人にとって最良の方法は相手を信じ、自白しないことです。そうすれば、2人ともに1年で自由になることができます。しかし、パートナーがそう考えて、自白しないと確信がもてれば、自分だけ自白して直ぐに自由になることができます。また、しかし、そう考えて自分は自白し、パートナーも自白してしまえば2人ともに5年間の刑です。そうなると、2人ともに黙秘すれば良かったと後悔するでしょう。さて、囚人は自白するべきでしょうか。自白しないべきでしょうか。これが、囚人のジレンマと呼ばれる有名な問題です。この問題には解決策がありません。相手が協力的な行動をとるか、裏切り的な行動をとるかが分からないですからね。

環境問題と囚人のジレンマって、似てる

って、とても長い前振りだったのですが、環境問題も簡単化して考えると、この囚人のジレンマと同じ問題です。今、僕たちそれぞれにはエコな生活と、非エコな生活を選択することができます。さて、その選択の先にはどんな状況が待っているのでしょうか。囚人のジレンマと同じく、起こりえる状況は3パターンあります。

?多くの人がエコな生活を選択すれば、僕がこのサイトで紹介しているような簡単なエコ生活だけで環境問題が解決に向かう。
?半分の人が非エコな生活を選択し、半分の人がエコな生活を選択すれば、非エコロジストは今までどおり、悠々快適な大量消費生活を送り、エコロジストはディープエコロジーといわれる超厳しいエコ生活を送る。
?多くの人が非エコな生活を選択すれば、地球は崩壊する。

囚人のジレンマと同じく、環境問題に対する僕たちの選択にも最良な方法はありません。自分以外の人がどんな選択をするかが分からないからです。

通勤問題を例に

ひとつ分かりやすい例を考えてください。通勤問題です。通勤するには2つの選択肢があります。「自動車通勤」か「公共機関・自転車通勤」です。「自動車通勤」は楽です。「公共機関・自転車通勤」は少々の苦労があります。しかし、楽だからといって全員が自動車通勤を選ぶと、朝よく見かける交通渋滞が起こり、自動車通勤も苦痛なものになります。だからと言って、自分だけ「公共機関・自転車通勤」を選び、自動車を降りなかった奴らだけが交通渋滞の無い道を自動車通勤できるというのは腹立たしい、とも感じます。ジレンマですね。どうしますか。

僕は、エコに生活します

僕はそういうジレンマが環境問題の中にあるということを認識しています。そして「エコロジストでいこう」と発言し、エコな生活を選択しています。僕の選択はヘンでしょうか。損をしているのでしょうか。

「囚人のジレンマ」の仮定

そうそう、書き忘れていました。囚人のジレンマには仮定があります。容疑者には「名誉」という考え方が無く、唯一の関心事が私利私欲である、というものです。

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まず、エコしてみること

» 24 9月 2004 » In ecolife » No Comments

量より質の時代

現代は、量より質の時代です。多くの人が頭の中ではそう思っているでしょう。そして、モノをたくさん持っていたり、値段の高いモノを手に入れることと、幸せになることが必ずしも一致しないということも多くの人は頭の中では分かっているでしょう。

量より質の時代って、本当に感じていますか

でも、現実問題、本当にそう感じていますか。燃費が悪くて二酸化炭素をたくさん出すと分かっていても、大きくて高級な自動車が、良いなぁと感じませんか。同じニンニクがスーパーの棚に並んでいるとき、どんな農薬を使っているか分からないと感じつつも、安いという理由で外国から輸入したニンニクを選びませんか。ちなみに、中国産のニンニクってすごく安いですよね。そしてどの季節にも同じ値段です。そういうのって、ヘンだと思います。僕たちは、ある考えや気持ちや信念というものを持って行動します。僕は、エコロジストでありたいという気持ち(環境問題は大切な問題であるという強い認識)を持っています。そして、その心をベースに持ってエコライフをおくっています。でも、世の中には「環境問題なんてまったく関係ない」と思って生活している人もたくさんいます。環境問題は大切だとちょっと感じているけど、自分が行動するほどでもない、と思っている人まで合わせたら、99パーセントでしょう。

まず、エコしてみること

僕はそういう人に「まず、エコしてみること」を勧めるときがあります。その人の善良なる心に訴えて、エコしてと勧めるのではなく、まず、とりあえず、何でも良いからエコしてみてと勧めるのです。ゴミが減るからとか、資源の節約になるからとか、ぜんぜん気にしなくて良いから、エコバッグを使ってみてと勧めます。そして、エコバッグを何度か使ってみて自分がどう感じるかを試してもらいます。交通渋滞が無くなるからとか、自動車が排出する二酸化炭素が減るとか、ぜんぜん気にしなくて良いから、自転車に乗ってみてと勧めます。そして、自転車の上から何が見えるかを試してもらいます。ゴミの総量の??パーセントがペットボトルゴミですとか、ぜんぜん気にしなくて良いから、水筒を持ち歩いてみてと勧めます。そして、自分が朝入れたお茶はどんな味か試してもらいます。

もしかしたら、エコってイイかも!

もしかしたら、案外、今までより快適かもしれません。「エコロジストでいこう」なんて、題にしていろいろ文章書いていますが、エコロジストであることが僕にとっていい気分でなかったら、こんなに時間かけてみんなに勧めたりしませんよ。エコするということは、本質的に何か気分の良いものだと思うのです。だから「まず、エコ」してみて、何を感じるか試してみませんか。この文章を読んでいる方々は、もう既にエコロジストです。少なくとも、環境問題に関心を持ち、何らかの行動を行っている(もしくは行いたいと思っている)方々です。だから、ここに書かれたやり方は、あんまり意味がないかもしれません。だって、既にエコでありたいという考えや気持ちを持っているからです。後は、それに従って行動してください。

エコを拡げる

ここで書いたやり方が本当に有効なのは、エコでありたいという考えや気持ちを持っていない人々です。もし、自分の大切な友人に環境問題に関心を持ってもらいたいと感じるときは、こんなやり方もあるかも、と思い出してもらえばうれしいです。

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